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オモムケドトリヨセズ-赴けど取り寄せず

ワタクシがちょこちょこと実際に足をはこんで買っているコダワリの品々。

#I❤️BOOKSTORE

四方山話

小さな頃から本屋さんが大好きです。

いらっしゃいますか?

目的もなくぶらりと訪れて、本屋さんの棚を眺めているとなんとなく世相がわかります。

今なら

片付けしたい、パンが食べたい、日本酒に詳しくなりたい、引き寄せ体質になりたい、簡単に見栄えの良いお料理を作りたい。

そして痩せたい、お金を貯めたい、健康、生き方、自己啓発は永遠のテーマ。

手を変え品を変え様々なアイデアを教えてくれます。

出版不況な世の中、少しでも売れそうなテーマで美しい写真と情報で出版社の方々は努力なさっているなぁ、と思います。

今の健康的な生き方はモノが少なく早寝早起きで醗酵食品食べて腎臓揉んで柔軟な筋肉、って感じです。

思考にも「流行り」はありますから、しっくりくるものを選べばいいのだと思いますが、「あらあらあれも良さそう」とか「これも試してみようかしら」って思う時点でそこに迷いが生じています。

まだ紅茶キノコを飲んでいらっしゃるとか、酢卵を召し上がっているとか、それは一つの解決の継続です。

一方、それを見つけられずに不安やこれではいけない、と感じている現状があるとそれを解消、改善するために「何か」が必要ですね。自身で気付いて解決できれば一番良いのですが、そうもいかない浮世と日常。

大概のことはネットでも教えてくれるし、他者と会話することでヒントが得られることもありますが一人で本屋さんを一周するとなんとなく「こうしようかな」って気になります。

町の本屋さんが次々に廃業し、駅ビル上階にチェーン店の大型書店があるのが一般的な現状です。またはTSUTAYAさんのような「意識高い系」(使ってみたかったコトバ!)書店が、コーヒーや家電とセットで展開しています。

そう。本屋さん、昔に比べて敷居が低くなりました。立ち読み禁止で皆がなんとなく静かにしていた昔の書店、サザエさんに出てくるようなハタキで「立ち読み禁止ですよ。買わないなら早く出てってね」アクションされるような本屋さんは絶滅危惧種。文学全集置いてるような本屋さんも神保町以外ではなかなか見当たらない。

座ってコーヒー飲んで内容読んでもいいんですから。時代は変わったもんです。

でも丁寧に編集された雑誌とかをパラパラ見たり、好きな作家さんの新刊を装丁から楽しんだりするのはやはり本屋さんに行かなくては。これは図書館に行くのとはまた違う楽しみです。

そのせいか、イマドキの本屋さんには若い年代の方が多いですね。いいことですが、年配の方々はイマドキの本屋さんはあまり面白くないのかもしれません。

本屋さんも売れそうな本を中心に置くから前述したジャンルに注力しているし、雑貨店みたいな感じです。

とはいえ、魅力的な書籍全てに眼を通す訳にもいかないし、所有した途端に書籍は荷物にもなってしまうので、流行りの「持たない暮らし」からは遠ざかる。

ドミニクローホーさんの著者などと「今年こそ断捨離」「収納のススメ」的な本を買ってしまえばそれはテキストになりますが、もしかしたらまた荷物が増えるだけかも、というアンビバレンツな状況に。

テキストは有効活用し、必要なくなったら処分しなくては、と結局この繰り返しで日常は続いていくのだなぁ、と。

年配者は終活に向けて荷物を増やしたくない、という気持ちも働いているのかもしれません。

でも私は時々本屋さんに行きます。

減らしつつ増やしつつ、いっときを別次元に誘ってくれる読書を今も愛しているから。

「蔵書」になるか「荷物」になるかは私次第ですが。

今は無き良き書店だった銀座の近藤書店(ブックカバーが特徴的でした)や旭屋書店、出来たばかりの六本木のABCで深夜に覗いたエッジの効いた棚、高校生の頃、よく立ち寄った神保町の書泉グランデ御茶ノ水丸善など本屋さんにまつわる記憶が沢山。

さて、今回久々に六本木のABCに赴きました。

相変わらず素敵な棚作りです。

ラテンアメリカ文学とか、ね(通常は「外国人作家」と一括りにされていることが多いのです)。

今や書店で大きなスペースを占める料理関係の書籍も独自のセレクト。

エッセイも獅子文六氏の「食味歳時記」とか!

ここに夜中にいただけでクリエイティブな気になったあの頃を思い出しました。

入口にあったポスターです。またこの本屋さんに通おうと思います。

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2月も今日で最終日。

明日からは弥生三月、春になります。

皆様も是非お出かけください。